迷うことは憂いでかつては精神の成長の糧だったけど…

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こんにちは!カナサキ先生です
思い想いに重くるしいことを今日は書きます

テーマは『迷うこと』です
話の前提として社会に出た後
と、言うことで読んでください

かつてのネットが無かった時代
迷ったら調べる聞く考える
そんな時代がありました

その頃は思ったようにいかなくて
できなくて憂いを感じるこもあった気がします

そして時は令和6年となりました
知らないことは『ググる』のが常識
深掘りするならYouTube検索、Instagram検索
で世代別の情報格差も生まれました

元々、若者言葉の派生は
自分たちの世代にしか通用しない言語の創造
にあるらしいのですが、わかる気がします

私の結論として
今の時代は『迷うこと』は損失
だと思っています

手相を見ても迷いやすいタイプ
→頭脳戦、知能線が長い
は、決断に脳のリソースを消耗してしまい
結局、何もできずに終わるとか
後から来た人に出し抜かれることが多いからです

迷うことは、決断の先延ばしで
今の時代には合わないように感じます

もし、迷ったらの答え
5分でまとまらないなら
今の自分では解決できない

なので、人に頼むか、凍結する
その選択肢が時間を無駄にしないです

人生の価値は時間です
迷うことは楽しさもある反面
決めてに欠ける状態でもあるので
5分で損切りできると
人生の楽しい時間が増えると思うようになりました

易経を教えていると
生徒さんは迷う時間が減って
即断即決をするようになります

そんな不思議な体験を
させてもらっています

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